大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)21461号 判決

(甲事件)原告

水梨長平

(甲事件)原告

大島弘

(甲事件)原告

増田銀次郎

(甲事件)原告

駒野三郎

(甲事件)原告

渡辺功

(乙事件)原告

丸田和敦

右原告ら訴訟代理人弁護士

宮川泰彦

安原幸彦

大森夏織

(甲、乙事件)被告

大輝交通株式会社

右代表者代表取締役

小尾三五郎

右訴訟代理人弁護士

高橋一郎

奥野滋

主文

一  被告は、

1  原告水梨長平に対し、金一二万二三四一円及び別紙差額賃金内訳記載の各内金に対する各起算日から各支払済みまで年六分の割合による金員、

2  原告大島弘に対し、金三三万八五九二円及び別紙差額賃金内訳記載の各内金に対する各起算日から各支払済みまで年六分の割合による金員、

3  原告増田銀次郎に対し、金五万三二一六円及び別紙差額賃金内訳記載の各内金に対する各起算日から各支払済みまで年六分の割合による金員、

4  原告駒野三郎に対し、金三一万八二五六円及び別紙差額賃金内訳記載の各内金に対する各起算日から各支払済みまで年六分の割合による金員、

5  原告渡辺功に対し、金三〇万八六七八円及び別紙差額賃金内訳記載の各内金に対する各起算日から各支払済みまで年六分の割合による金員、

6  原告丸田和敦に対し、金五万一三一三円及びこれに対する平成四年一二月七日から支払済みまで年六分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

付帯請求の起算日について、平成四年一二月七日とあるのを同年同月六日、同五年四月六日とあるのを同年同月五日、同年八月六日とあるのを同年同月五日、同年一二月五日とあるのを同年同月四日、同六年四月七日とあるのを同年同月六日、同年八月六日とあるのを同年同月五日とそれぞれ改めるほかは、主文第一項と同旨。

第二事案の概要

一  本件は、タクシー事業を営む被告会社が、タクシー乗務員である原告らの加入する労働組合との間に締結していた平成二年一一月二七日付け賃金協定(以下、これを「旧賃金協定」といい、この内容を「旧賃金規定」という。)とは別に、他の労働組合との間に新たに平成四年七月二〇日付け(同年五月二六日から施行)賃金協定(以下、これを「本件賃金協定」といい、この内容を「本件賃金規定」という。)を締結し、これを原告らにも適用したところ、原告らが被告会社に対し、賃金を切り下げられたとして、旧賃金規定と本件賃金規定との差額金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等(以下の事実は当事者間に争いがないか、各掲記の証拠によって認められる。)

1  原告水梨長平(以下、各原告を姓のみで表示する。)、同大島、同駒野及び同渡辺は平成四年三月二一日以降今日まで、原告増田は右同日以降平成四年一〇月一〇日まで、原告丸田は右同日以降平成六年一〇月一五日まで、被告会社にタクシー乗務員として勤務していた。

2  原告らは、自交総連東京地方連合会(以下「自交総連東京地連」という。)に加盟する大輝交通労働組合(平成二年一一月に結成。以下「原告ら加入労組」という。)の組合員であるところ、平成二年五月二六日に実施されたタクシー運賃改定に伴い、同組合は、被告会社との間に、同年一一月二七日付け(同年一一月二一日から施行)賃金協定(旧賃金協定)を締結した。

旧賃金協定によれば、日勤のタクシー乗務員に対する賃金体系は、次のとおりである。

(一) 月例賃金

各タクシー乗務員の月間の営収額に五〇パーセントを乗じて算出した額が毎月支払われる賃金であり、この賃金には、時間外手当、役職手当等諸手当が加算される。

(二) 一時金

各タクシー乗務員の四か月間の一勤務平均営収実績(四か月間の総営業収入を同期間中の乗務回数で除したもの)に左記の一定割合を乗じた額に更に同期間中の乗務回数を乗じて算出した総額から、直前四か月間に支払われた月例賃金合計額(有給手当、小型車手当及び班長手当を除く。)を差し引いて四か月毎に支払われる賃金である。

(1) 四万四〇〇〇円以下の場合・・六〇パーセントを乗じた額

(2) 四万四〇〇〇円を超える場合・・四万四〇〇〇円までについて右(1)の計算により算出した額と四万四〇〇〇円を超える金額に七八パーセントを乗じた額との合計額

3  その後、平成四年四月二四日にタクシー運賃が改定され、同年五月二六日から実施されることとなった(〈証拠略〉)。被告会社は、原告ら加入労組との間に、新たな賃金協定を締結しなかったが、取違重則(以下「取違」という。)を委員長とする、原告ら加入労組と同一名称の大輝交通労働組合(以下「いわゆる旧労組」という。)との間に、同年七月二〇日付け(同年五月二六日から施行)賃金協定(本件賃金協定)を締結し、原告らに対しても同賃金協定に基づいて算出した賃金を支給した(〈証拠・人証略〉)。

本件賃金協定は、旧賃金協定と一時金の算定方法の部分のみを異にしており、同部分の内容は次のとおりである(〈証拠略〉)。

(1) 五万円未満の場合・・五九パーセントを乗じた額

(2) 五万円の場合・・六〇パーセントを乗じた額

(3) 五万円を超える場合・・五万円までについて(2)の計算により算出した額と五万円を超える金額に七七パーセントを乗じた額との合計額

4  被告会社における本件賃金協定施行日以降の一時金支給日は、次のとおりである。

(一) 平成四年八月六日 (同年五月二六日から同年七月二〇日までの分)

(二) 同年一二月六日 (同年七月二一日から同年一一月二〇日までの分)

(三) 平成五年四月五日 (平成四年一一月二一日から同五年三月二〇日までの分)

(四) 同年八月五日 (同年三月二一日から同年七月二〇日までの分)

(五) 同年一二月四日 (同年七月二一日から同年一一月二〇日までの分)

(六) 平成六年四月六日 (平成五年一二月二一日から同六年三月二一日までの分)

(七) 同年八月五日 (同年三月二一日から同年七月二〇日までの分)

5  原告らの営収実績に基づき、本件賃金協定により算出・支給された一時金の額は、いずれも旧賃金協定による場合よりも少額となるが、各原告について、その差額をみると次のとおりである。

(一) 原告水梨

(1) 平成四年八月六日支給分 金一万一九三六円

(2) 同年一二月六日支給分 金一万九二九〇円

(3) 平成五年四月五日支給分 金一万八九〇四円

(4) 同年八月五日支給分 金一万八六一二円

(5) 同年一二月四日支給分 金一万八六七四円

(6) 平成六年四月六日支給分 金一万七一八三円

(7) 同年八月五日支給分 金一万七七四二円

(二) 原告大島

(1) 平成四年八月六日支給分 金二万六二二五円

(2) 同年一二月六日支給分 金五万三八二二円

(3) 平成五年四月五日支給分 金五万一六四六円

(4) 同年八月五日支給分 金五万二七三七円

(5) 同年一二月四日支給分 金四万九四二七円

(6) 平成六年四月六日支給分 金五万一九二二円

(7) 同年八月五日支給分 金五万二八一三円

(三) 原告増田

(1) 平成四年八月六日支給分 金二万三八五七円

(2) 同年一二月六日支給分 金二万九三五九円

(四) 原告駒野

(1) 平成四年八月六日支給分 金二万四一五八円

(2) 同年一二月六日支給分 金五万五九一六円

(3) 平成五年四月五日支給分 金五万〇六二一円

(4) 同年八月五日支給分 金六万五八二六円

(5) 同年一二月四日支給分 金三万二三二二円

(6) 平成六年四月六日支給分 金四万四九二六円

(7) 同年八月五日支給分 金四万四四八七円

(五) 原告渡辺

(1) 平成四年八月六日支給分 金一万七〇六五円

(2) 同年一二月六日支給分 金四万九八八八円

(3) 平成五年四月五日支給分 金四万四六二九円

(4) 同年八月五日支給分 金五万四六一六円

(5) 同年一二月四日支給分 金四万九一一九円

(6) 平成六年四月六日支給分 金四万四九八七円

(7) 同年八月五日支給分 金四万八三七四円

(六) 原告丸田

平成四年一二月六日支給分 金五万一三一三円

三  争点

本件賃金規定が原告らに適用されるか否かが争点であり、被告会社は、右適用があるとする根拠として、要旨、

(1)  いわゆる旧労組は労組法二条にいう労働組合に当たり、被告会社がいわゆる旧労組との間に締結した本件賃金協定は、労組法一七条に定める一般的拘束力を有する、

(2)  旧賃金規定から本件賃金規定への就業規則変更は、必要性・合理性があって、有効である、と主張し、原告はこれらを争っている。

右主たる争点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1 一般的拘束力(労組法一六(ママ)条)について

(被告)

(1) いわゆる旧労組は、昭和四一年一〇月一四日、労働条件の維持改善、従業員の経済的地位向上等を目的として、自主的に結成された労働組合であり、結成当時の委員長は東健三(ママ)、組合員は三二名である。なお、組合員には職制は含まれていない。

同労組は、二代目ないし四代目の委員長を経た後、平成元年五月二九日開催の組合大会において取違を第五代委員長に選出した。

いわゆる旧労組は、結成後、賃金改定のほか事業所の設備の改善等の労働条件の向上のため、委員長その他適宜呼びかけによって参加する交渉委員によって被告会社と概ね毎年三回以上団体交渉を行っており、必要な事項について被告会社との間で協約を締結してきた。

いわゆる旧労組においては、慣行として、委員長が代表者とされ、適宜開催される組合大会において選出され、組合大会は、従業員が全員出席する会社主催の労働安全衛生に関する集会の終了後、適宜開催されることとなっている。

労働組合は、必ずしも原告ら加入労組のように組織化された形で存在するものばかりでなく、より原始的な形態のものも存在するのであり、いわゆる旧労組が労働組合としての実体を備えていないとはいえない。

(2) いわゆる旧労組が被告会社との間で本件賃金協定を締結した平成四年七月頃、被告会社の日勤従業員は九一名であったが、いわゆる旧労組の日勤組合員は八五名を数え、その四分の三以上の六九名を超えていたことが明らかであるから、本件賃金協定は、原告らに対し、その一般的拘束力を及ぼすものである。

(3)  なお、原告ら加入労組と被告会社との間の平成二年一一月二七日付けの旧賃金協定には、その有効期間につき、「平成二年一一月二〇日現在の認可運賃実施中に限る。」との不確定期限が付されていたが、平成四年五月二六日、新しい認可運賃が実施され、右期限が到来したので、旧賃金協定は、その効力を失っている。

(原告ら)

(1) いわゆる旧労組が被告会社との間に本件賃金協定を締結したとしても、いわゆる旧労組は、労組法二条所定の労働組合といえないから、本件賃金協定は労組法一六(ママ)条にいう労働協約に当たらない。すなわち、同条所定の労働組合であるためには、労組法五条二項に規定されるように、〈1〉労働組合としての規約を持ち、〈2〉組合役員が組合員の直接無記名投票により選出され、〈3〉少なくとも毎年一回以上総会を開き、〈4〉毎年一回以上会計報告がなされることが必要不可欠である。

しかるに、いわゆる旧労組は、副委員長・書記長はおらず、いわゆる三役体制がない。執行委員会や組合大会の開催・招集もなく、組合費を徴収したこともない。また、同労組は、組合活動や組合勧誘・教宣活動をしたことがなく、組合規約の存在も明らかでない。このように、いわゆる旧労組は、団結体・組織体としての外形すら有しないものであり、到底労働組合とはいえず、被告会社が労務政策の便宜上育成したものである。

(2) 本件賃金協定書とされる文書(〈証拠略〉)については、労働者側の署名捺印者は、いずれも班長である。取違には執行委員長の肩書が付されているが、その余の五名の班長には労働組合員である旨の記載もなく、労働組合との合意というよりは、管理職補助的なメンバーとの合意文書とみるべきである。

(3) 仮に、いわゆる旧労組が労働組合であるとしても、同労組が被告会社との間に締結した労働協約(本件賃金協定)を原告らに適用することは、原告らが加入している労働組合の団体交渉権を侵害するものであり、許されないというべきである。

2 就業規則(賃金規定)変更の効力について

(被告)

(1) 被告会社では、平成二年一一月二〇日実施のタクシー運賃値上げに際して就業規則たる賃金規定を変更・改定し、従業員の労働条件を確定した。これが旧賃金規定である。

更に被告会社は、平成四年五月二六日実施のタクシー運賃値上げに際し、いわゆる旧労組の組合員全員から本件賃金規定に同意する旨の書面を徴したうえ、就業規則たる賃金規定を変更・改定した。これが本件賃金規定である。

(2) ところで、平成四年五月二六日からタクシー運賃は約一一・九パーセント値上げされ、原告らが従前と同量の勤務を行っていれば、約一一・九パーセントの営収増加があったはずである。したがって、右計算方法による比較をすると、本件賃金規定による賃金は、旧賃金規定による場合よりも、約一一・九パーセント増加する営収を基として計算するのであるから、不利益変更に当たらない。

(3) また、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からして、個々の労働者がこれに同意しなくても、会社存続のためその変更を強制することが許される場合があり、それが許される場合とは、就業規則の変更が、その必要性及び内容の両面からみて、労働者が被る不利益を考慮しても、なお労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有する場合である。

本件における就業規則の変更の必要性については、タクシー乗務員の歩合給は、当該乗務員の営収額を基準として計算されるが、歩合給は、タクシー運賃の改定により大きく変動するものであり、その計算方法はタクシー運賃の改定に伴う変更を予定している。本件においても、旧賃金規定に関する合意の効力は、平成二年一一月実施の認可運賃実施中に限定する趣旨であったのであり、運賃値上げにもかかわらず旧賃金規定による計算方法を変更しないとすれば、運賃値上げにより確保されるべき事業者(被告会社)の適正利益を侵害するおそれが大きい。

前記(2)のとおり、本件賃金規定による賃金と旧賃金規定による賃金との比較は運賃値上げによる営収の増加を基として行わなければならないが、この手法によって計算する限り、歩合率が低下したとしても、賃金は減少せず、逆に増加するはずのものである。なお、現実の問題としては、原告らの営収が増加せず、したがって本件賃金規定実施後は手取賃金が低下する結果となる場合があるようであるが、これは、不況という本件賃金規定実施後の被告会社の責めに帰することのできない後発的な客観的経済情勢の変動がもたらしたものであって、本件賃金規定作成当時においてはそこまでタクシー需要が減少するという事態は全く予見できなかったことであった。

被告会社が本件賃金規定を施行する際には、いわゆる旧労組と団体交渉を行い、その結果については大多数の従業員の同意を得ており、かつ、本件賃金規定は他社より不利とは思われていないのであるから、本件賃金規定は、使用者と労働者の利益が調整された内容のものであるとの推測が可能である。

以上の事実から考えて、仮に本件賃金規定の施行が従業員に事実上不利益な結果をもたらす場合があったとしても、右変更には十分合理性があるというべきである。

(原告ら)

(1) 被告会社において、これまで就業規則たる賃金規定が制・改定されたことはなく、したがってこれが従業員に周知されたこともない。

(2) 仮に、就業規則たる本件賃金規定によって原告らの賃金が変更・改定されたとしても、労働条件の根幹をなす賃金を一方的に不利益に変更するものであるから無効である。

すなわち、被告会社のタクシー運転者の賃金は一時金を含めたいわゆるオール歩合給であり、どの段階においても歩合率を下げることは不利益変更となるのであって、歩合給の利益・不利益は、営収が増加するか否かによって左右されるべきものではない。被告会社は、本件賃金規定により、歩合給を下げるとともに、いわゆる腰高(足切り額)を上げたが、その代わりに何らかの手当を新設するなどの代償措置も全く講じなかった。

(3) タクシー運賃は、公共性が高く、運賃値上げの認可には、社会的に承認されるだけの理由が必要とされ、関東運輸局は、値上げの趣旨・条件を明示して運賃値上げを認可する。それゆえ、運賃値上げによる増収分は、認可の趣旨に従って配分されるのが最も合理的である。

平成四年五月二六日に実施された運賃改定は、初乗りが五四〇円から六〇〇円になるなど、一二・三パーセントの運賃値上げであったが、右運賃値上げ申請の理由は、「週四六時間から週四四時間への労働時間短縮に伴う原資の確保、運転手の年収を六〇八万円へ引き上げること、経営収支の改善」の三項目であった。右運賃値上げに際し、申請段階で、労使で覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交しているが、これによると、タクシー会社は、運賃改定による労働条件改善原資(改定率に含まれる運転者人件費寄与分)をそれぞれの賃金体系等の相違を踏まえて誠意をもって確実に還元することとすることが義務づけられており、被告会社と原告ら加入労組も右内容を履行することを協定により合意していた。右運賃改定においては、増収分の八五・七パーセントが労働条件改善原資であり、改定率に含まれる運転者人件費寄与分は、七〇・六二パーセントであり、これを実施するためには、従前の歩合率以上に増収分を運転者に配分することが必要であった。現に同業の他社では、それぞれの賃金体系等を踏まえて右配分方法による還元が実施されている。しかるに被告会社だけは、本件覚書をほごにし、逆に従前の歩合率を下げてしまった。

原告らは、被告会社が労使で交わした本件覚書を履行しようとしなかったことに対し、団体交渉による協議を申入れつつ、被告会社案を一方的に実施しないように要求していた。しかし、被告会社は、本件賃金協定をいわゆる旧労組と締結し、被告会社案に同意しない者には一時金を支払わないとして一方的に切り下げた労働条件を押しつけてきたものであって、背信的というべきである。

以上のとおり、被告会社が実施した労働条件の不利益変更にはなんらの合理性もない。

第三争点に関する判断

一  一般的拘束力(労組法一六(ママ)条)の有無について

1  労組法二条本文は、「この法律で『労働組合』とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的として組織する団体又はその連合団体をいう。」と規定し、同条但書において、「監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの」(同条一号)、「団体の運営のための経費の支出につき使用者の経理上の援助を受けるもの」(同条二号)について「この限りでない。」と規定しているところ、右定義規定に該当する労働組合である限り、労働協約の締結主体たる労働組合(同法一四条)に該当し、右締結にかかる労働協約は、労組法一六(ママ)条の一般的拘束力を有するものと解すべきである。

原告らは、労組法五条二項所定の事項を含んだ規約を有しなければ、一般的拘束力を有する労働協約を締結しうる労働組合に当たらないかのように主張するが、同条項の趣旨は、自主性・民主性を担保する要件を欠く労働組合の救済申立てを許さないとすることにあり、その要件を欠く労働組合には労働協約を締結することができないと解すべき理由はない。

そこで、いわゆる旧労組が、労組法二条本文・但書一号・二号の要件に合致する労働組合に当たるか否かについて判断する。

2  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和四一年一〇月一四日頃、被告会社において、被告会社の従業員三二名により、「大輝交通労働組合」の名称で、委員長束健藏、副委員長天野武司、書記森本武、委員新井賢司、同平原昭二とする労働組合(いわゆる旧労組)が結成され、被告会社代表者社長松本賢重(以下、「松本社長」という。)に対し、右結成通知及び組合員名簿が提出された。

(二) その後、いわゆる旧労組は、被告会社との間で、タクシー運賃改定に伴う賃金改定問題、高速道路料金の帰路分の会社負担の問題、洗車に必要な蛇口の増設問題等の労働条件について、その都度団体交渉の機会を持ち、協定を締結するなどしてきた。団体交渉をする際には、委員長名で、点呼場において、組合員に対し、団体交渉に参加するよう呼びかける掲示がなされ、委員長と呼びかけに応じた数名の交渉委員が参加して、被告会社の松本社長と団体交渉を行う慣例であった。

(三) いわゆる旧労組は、組合規約を有さず、組合費も徴収せず、したがって組合財産を保有することもなかった。また、タクシー運転手の勤務体系がA番B番の二つに分かれていて一時に全員が集合することが難しいため、定例の組合大会を開いたこともなかった。そこで、被告会社では、毎月一回給料日の朝、被告会社に勤務する運転手全員が参加する会社主催の事故防止委員会・労働安全衛生委員会が開かれた際、右各委員会が終了し、管理職全員が退席した後に、適宜、委員長らの発議により組合大会が開かれ、組合としての意思決定のための討議がなされ、あるいは委員長が選出されたりしていた。なお、右各委員会の参加費として、被告会社から各自に五〇〇円ずつが支給されるが、被告会社の共済会に加入している従業員は、直ちにこれが共済会費として徴収される扱いであった。

(四) いわゆる旧労組の委員長は、初代の東健藏から数代の変遷を経た後、平成元年五月二九日頃開催された組合大会において、椎貝に替わり、取違が委員長に選出された。

いわゆる旧労組は、同年五月二三日頃、被告会社との間に団体交渉を行い、同日付けで協定書を作成した。右協定書の内容は、「〈1〉平成二年五月二六日乗務分から、一時間平均賃金を一五〇〇円(一九二時間で二八万八〇〇〇円)、深夜手当を一時間平均三七五円(八四時間で三万一五〇〇円)とすること、〈2〉三六協定に基づき、所定労働時間を超えた場合、一二割五分以上を支給すること、〈3〉労働省から、乗務時間を一週四六時間(月平均一九九・八八時間)となるよう通告を受けたこと」等労働条件に関する様々な取決めを含むものである。

同協定書には、団体交渉に出席した全員、すなわち被告会社側から松本社長、いわゆる旧労組側から取違委員長のほか、交渉委員である市川、高橋、鈴木、八木、横田らが署名・捺印している。

いわゆる旧労組は、平成三年四月四日頃、被告会社に対し、同日現在の同労組の組合員名簿を提出した。同名簿によれば、いわゆる旧労組の組合員は、国分英男以下八三名であるとされ、各自、いわゆる旧労組の組合員であることを自認する旨の文書が添付されている。

(五) 平成四年五月二日実施のタクシー運賃改定に伴い、同年七月二〇日頃、被告会社といわゆる旧労組との間で賃金改定に関する団体交渉が行われ、同日付け(同年五月二六日から施行)で、本件賃金協定に関する協定書が作成された。

同協定書には、団体交渉に出席した全員、すなわち被告会社側から松本社長、いわゆる旧労組側から取違委員長のほか、交渉委員として班長である箕輪、鈴木、疋田、椎貝、羽田が署名・捺印している。

右協定書作成当時、被告会社の従業員は一一二名であるが、うち九一名は、旧賃金協定の適用を受けていた日勤従業員であり、残り二一名はこれと異なる規定の適用を受けていた夜勤専属従業員であった。

3  右認定事実によれば、いわゆる旧労組は、その活動状況や組織形態・人員からみて、被告会社の労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体である(労組法二条本文)というのを妨げない。

そして、班長は、被告会社の利益代表者に当たらないと解され、また事故防止委員会・労働安全衛生委員会に際して被告会社から支給された金員は、右各委員会の参加費であったと認めるのが相当であるから、いわゆる旧労組には、監督的地位にある労働者その他使用者の利益代表者の参加があったとはいえず、また、運営経費につき使用者の経理上の援助を受けているともいえない。

したがって、いわゆる旧労組は、労組法二条本文・但書一号・二号の要件に合致する労働組合に当たると解するのが相当である。

4  そうすると、前記2(五)に認定したとおり、いわゆる旧労組は、平成四年七月頃、被告会社の日勤従業員の四分の三以上の組織人員を擁していたことが明らかであるから、同労組が被告会社との間に、本件賃金協定を締結したことにより、労組法一七条所定の「一の事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至った」ものと認められる。

5  ところで、原告らは、前記第二・二(争いのない事実)2のとおり、平成二年一一月に結成された、自交総連東京地連に加盟する大輝交通労働組合に加入する者らであり、同労組は、少数とはいえ、被告会社におけるタクシー運転者らを組合員として組織し、自主的活動を行っているものである。

しかるに、原告らに対し、旧賃金協定所定の労働条件と異なる内容を有する賃金協定の一般的拘束力を及ぼすことは、原告ら加入労組が独自に被告会社と団体交渉を行い、労働条件の維持改善を図る努力をすることを無意味ならしめる結果となることから、労働組合の有する団結権・団体交渉権を保障する観点からみて、許されないと解するのが相当である。そして、この理は、旧賃金協定が有効期限を経過し、失効した後であっても変わるところはないというべきである。

6  以上によれば、いわゆる旧労組が平成四年七月二〇日付けで被告会社との間に締結した本件賃金協定は、原告らに対し、労組法一七条所定の一般的拘束力を及ぼさないと解すべきである。

二  就業規則変更の効力の有無について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、被告会社では、就業規則とその一部をなす賃金規定の書類綴りが、従業員らが点呼を受ける配車室の柱に架けられており、また、賃金規定の内容が変更されると、その都度、その要旨を配車室内の掲示板に掲示していたことが認められ、平成二年五月二六日実施のタクシー運賃改定に伴う賃金規定の改定(旧賃金規定)については、同年一一月二七日頃、平成四年五月二六日実施のタクシー運賃改定に伴う賃金規定の改定(本件賃金規定)については、同年七月二〇日頃、右のようにして従業員らに周知されたものと認められる。

そうすると、被告会社において、旧賃金規定及び本件賃金規定は、就業規則として改定・周知されたものと認めることができる(以下、右賃金規定の変更を「本件就業規則の変更」という。)。

2  ところで、本件就業規則の変更の内容をみてみると、前記第二・二(争いのない事実)2及び3のとおり、被告会社の基本的な賃金体系は、月例賃金・一時金ともに営収に応じて一定の歩合率を乗じて算出されるいわゆるオール歩合制であるということができるが、一時金について、いわゆる腰高が、旧賃金規定では四万四〇〇〇円であったのが、本件賃金規定では、五万円に引き上げられ、歩合率も、旧賃金規定では、四万四〇〇〇円以下が六〇パーセント、四万四〇〇〇円を超える部分が七八パーセントとされていたのが、本件賃金規定では、五万円未満が五九パーセント、五万円が六〇パーセント、五万円を超える部分が七七パーセントとされ、その割合がいずれも低下する内容となっており、他に代償措置もないところから、同一営収に対する賃金支給率の低下による賃金収入の減少が不可避である以上、従前の労働条件を不利益に変更するものであることが明らかである。

このように、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される(最高裁昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁)。

3  そこで、まず本件就業規則の変更の必要性についてみると、原告らタクシー乗務員の賃金は、営収を基礎として計算されるが、営収は、タクシー運賃の改定に大きく左右されるから、賃金の計算方法の合意は、その合意がされた時点におけるタクシー運賃を前提にしたものというべきであり、賃金の計算方法を変更しないとすれば、運賃値上げによって確保されるべき事業者の適正利益が侵害されるおそれも考えられるところである。現に、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告ら加入労組と被告会社間の旧賃金規定を内容とする協定には、「平成二年一一月二〇日現在の認可運賃実施中に限る。」との附款約定があるうえ、ハイヤー・タクシー業界においては、従来、運賃値上げがある都度、これに対応して速やかに賃金の計算方法を変更していることが認められる。

そうすると、従前の賃金計算方法が原告らと被告会社との間の労働契約の内容になっており、したがって、それが運賃値上げの一事によって当然に失効するものではないとしても、運賃値上げ後は、労使双方が、速やかに値上げ後の新運賃を前提として賃金の計算方法につき協議をし直すことが予定されているというべきである。

そして、賃金の計算方法は、タクシー運転手全員に共通するものであるから、本来、統一的かつ画一的に処理されるべきものであり、かつ、就業規則による処理に親しむものであり、本件においては、被告会社といわゆる旧労組との間で本件賃金規定を内容とする協定が締結されたことからすると、本件就業規則の変更の必要性は、一応これを肯認することができる。

4  次に、本件就業規則の変更の内容の合理性について検討するに、本件賃金協定は、運賃料金の改訂によって営収の増加があることを見込んだうえ、被告会社といわゆる旧労組との間の団体交渉によって定められたものであるから、右合理性の有無の判断に当たっては、使用者と労働者の利益が合理的に調整されているかどうかという観点から、被告会社といわゆる旧労組との団体交渉は十分に尽くされたものかどうか、本件賃金協定によって原告らタクシー運転手に支給された賃金が従前と比較して減少する結果になっていないかどうか、本件賃金規定はタクシー運賃改定の趣旨に沿って事業者と運転手の各利益を適正に反映しているかどうか等の諸点を考慮すべきである。

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成二年五月一八日、関東運輸局は、実施時期を同月二六日として、六年ぶりに、東京都特別区・武蔵野市・三鷹市地区のタクシー運賃を九・六パーセント(初乗り四八〇円から五四〇円)値上げすることを認可した。

右認定に先立ち、経営者団体(労務政策研究会)と労働者団体(自交総連東京地連)とは、平成二年三月一四日、賃下げにならない時間短縮の実施、週四六時間労働の標準営収で一般産業なみの年収に近づけることを目標としたタクシー運賃料金の改訂に当たり、魅力ある業界を築き、将来の安定を図り、タクシーサービスの一層の推進をめざすため、〈1〉今回の運賃料金改定による増収分については、すべて全従業員の賃金労働条件の改善に充当すること、〈2〉賃下げなしの労働時間短縮を実施することを確認した。

右認可後の同年七月二六日、経営者団体である社団法人東京乗用旅客自動車協会(以下「東旅協」という。)は、被告会社を始め、同協会に加入する各社に対し、「新運賃実施後の輸送実績は、原計平均で六月分は八・七パーセントの増収となり、運賃改定後の利用者の乗り控えも案じたほどでもない。」との認識の下、運賃値上げによる運転者の所得アップ分試算額六〇万四一〇一円について、労働条件改善については、今回運賃改定に関する天下の公約であるから、増収分を従業員の労働条件改善に充当するとの趣旨に沿い、適切な対応と円満な解決を図ることを依頼する旨の文書を発した。

(2) 被告会社において、平成二年一一月一一日、自交総連東京地連に加盟する大輝交通労働組合(原告ら加入労組)が結成され、同労組は、同年一一月一二日、被告会社に対し、〈1〉被告会社は、原告ら加入労組が被告会社の従業員を代表する唯一の団体交渉権を有する労働組合であることを認め、一切の交渉は、同労組を通じて行うこと、〈2〉被告会社は、同労組から請求のあった組合員の組合費を含むすべての金額をチェック・オフすること、〈3〉今回(五月二六日)の運賃改定における増収分のすべての還元についての協定を同労組と締結すること、〈4〉平成二年年末一時金として各自の半期総営収の一五パーセントを支給すること等について誠意をもって回答することを要求する文書を交付した。

その後、二度の団体交渉を経て、原告ら加入労組と被告会社との間に、平成二年一一月二七日、「平成二年冬季賞与に関する労働協定」及び旧賃金協定が締結された。右各賃金協定は、旧賃金規定を内容とするものであり、タクシー運賃改定による増収分を従業員の労働条件改善に充当するとの前記趣旨に沿うものであって、それまで一時金は年二回の支給であったのが、四か月毎の年三回支給に改められ、平成二年冬季(五月二一日から一一月二〇日までの分)一時金の支給日は同年一二月五日午前一〇時以降とすることが合意され、また、平成二年一一月二一日以後の退職者については、従来の退職金規定を適用しないことと改められた。

(3) 平成四年四月二四日、関東運輸局は、実施時期を同年五月二六日として、東京都特別区・武蔵野市・三鷹市地区のタクシー運賃を一一・九パーセント(初乗り五四〇円から六〇〇円)値上げすることを認可した。

右認可に先立ち、同年三月九日、東旅協と自交総連東京地連ほか労働七団体は、「今回の運賃改定申請の主旨は、経営収支の改善を含み、週四四時間への労働時間短縮の前倒し実施とタクシー労働者の平均年収五三〇万円を六〇八万円と増額し、社会的格差是正を図ることにあり、そのため一七ないし二二・九パーセントの運賃値上げを申請した。東旅協と労働七団体は、この運賃認可の暁には、公表される査定原価に基づき、〈1〉運賃改定による労働条件改善原資(改定率に含まれる運転者人件費寄与分)をそれぞれの賃金体系等の相違を踏まえ誠意をもって確実に還元する。〈2〉週四四時間への労働時間短縮を休日増(勤務減)により実施する。〈3〉各申請事業者は、本覚書を労使で協定するとともに、それが公表されている申請主旨と社会的公約を担保するものであることを確認する。」との覚書(本件覚書)を交わした。そして、東旅協は、タクシー運賃認可を得るべく、加入各社に右覚書の作成を求め、同年四月、被告会社と原告ら加入労組は、右覚書に署名(記名)・捺印し、各社労使作成の覚書が関東運輸局に提出された。

関東運輸局は、右認可の際、改訂後の運転者の所得分(モデル・ケース)として次のとおり試算していた。

五万八〇〇〇円(改定前の営収)×一一・〇(月間総乗務数)×一二か月×一二・三パーセント(前記運賃改定率一一・九パーセントに無線待ち車両の増収率〇・四パーセントを加えたもの)×八五・七パーセント(経費増に占める人件費増の割合)×八二・四パーセント(総人件費に占める運転者給与等の比率)=約六六万円

右認可後の平成四年四月三〇日、経営側代表江戸川交通株式会社と労働側代表自交総連東京地連とは、集団交渉に関する確認書を交わし、その中で、「タクシー乗務員の賃金・退職金及び賞与については、各社実績の、対前年度比較における増収額に対し、査定原価のうち、人件費部門の乗務員寄与度分を九二年春闘、時間短縮を含めた労働条件の改善総原資とする。」とし、年間総原資を求める算式は、各社の前年度実働台数当たり基準営収(五四〇〇〇円から一〇〇〇円を加える毎に六万円まで)×一一・〇(月間実乗務数)×一二か月×六・二パーセント(見込み増収率)×七〇・六二パーセント(寄与度)、と定め、見込み増収率と実増収率が著しく異なる場合は、一定期間を経て労使委員会で調整を行うことを同意した。

右年間総原資(試算額)をタクシー乗務員に還元しようとすれば、各社において、従前の歩合率以上に増収分を配分する措置をとらなければならないことになったが、現に被告会社の属する東京都南部地域でタクシー事業を営む各社は、被告会社を除き、それに適合する措置をとった。

原告ら加入労組は、右運賃値上げ認可後、被告会社の松本社長との間に賃金改定に向けて団体交渉を重ねたが、同社長は、被告会社は赤字であるとして本件覚書を破棄する旨主張した。

そして、被告会社は、平成四年七月二〇日(同年五月二六日から施行)、いわゆる旧労組との間に本件賃金協定を締結したが、その過程で団体交渉が満足に重ねられたわけではなかった。

(4) 被告会社における平成四年夏季一時金は、同年八月六日に支給されることになっていたが、被告会社は、本件賃金協定を締結した後、タクシー乗務員らに本件賃金規定に同意するとの書面に署名を求め、これを拒否する者には一時金を支給しないとの態度をとった。原告ら加入労組の組合員には、右署名を拒否したため、右一時金の支給を受けられなかった者がある。

被告会社における同年冬季一時金は、同年一二月五日に支給されることになっていたが、原告ら加入労組は、同年一二月一〇日、書面をもって「組合員の生活を保持するためやむを得ず会社が用意した領収書にサインして一時金を受領する。右一時金は、内金として受領するものであり、不足分については後別途請求する。」旨を通告したうえ、同年夏季及び冬季一時金を受領した。

被告会社は、同月一二日付けで、原告ら加入労組に対し、「社長緊急入院不在のため」として右通告書を返還した。

(5) 本件賃金協定締結前の原告らタクシー運転手の営収額及びこれに依拠して旧賃金規定に基づいて支払われた賃金額は、右締結以後少なくとも本件差額賃金請求期間中の営収額及びこれに依拠して本件賃金規定に基づいて支払われた賃金額よりもいずれも多かった。

(二) 右認定した事実によれば、平成四年五月二六日実施のタクシー運賃値上げ改定後、被告会社においては、タクシー利用客が遠のいて赤字状態となったことが窺われ、原告らタクシー運転手の賃金額も、営収が伸びないため、本件賃金規定に基づいて計算すると、旧賃金規定によって計算した額よりも減少する結果となったこと、本件賃金規定に基づいて支払われた乗務員の月例賃金・一時金の総額がそれ以前より減少したこと、そして、平成四年五月以降のタクシー利用客の減少は、主として経済不況による影響が大きく、平成四年四月二四日の運賃改定認可の時点において予測され得ないものではなかったことが認められる。

右タクシー運賃改定認可に際し、関東運輸局に提出された本件覚書は、経営者団体である東旅協と労働七団体との間で締結されたものであるが、運賃改定による事業者と運転者との利益調整について、「労働条件改善原資(改定率に含まれる運転者人件費寄与分)をそれぞれの賃金体系等の相違を踏まえ誠意をもって確実に還元する。」と約定しており、被告会社も右覚書に記名捺印しているところである。しかるに、被告会社が定めた本件賃金規定は、右労働条件改善原資をタクシー運転者らに還元するどころか、被告会社側において右原資を浸食する内容のものであり、右約定に反することが明らかである。

そして、被告会社は、原告ら加入労組が団体交渉において、再三にわたり右約定の趣旨に基づいて賃金改定を求めたのに対し、これを拒否したうえ、いわゆる旧労組との間に、十分な団体交渉を経たとも認められないのに、本件賃金規定を内容とする平成四年七月二〇日付け賃金協定を締結し、被告会社のタクシー運転手らに対し、本件賃金規定に同意しなければ、同年八月六日に一時金を支給しないとの態度をとっており、本件賃金規定は、運賃料金の改定により営収の増加によりタクシー運転手の賃金が従前よりも減ることはないとの前提が確保されることによって労使の利益が調整されることになるのであるから、そのような保障を欠いた点について原告ら加入労組の反対があったにもかかわらず、十分な協議を経ずに被告会社の経営上の要求を一方的に押し通そうとしたものであるとの感を否めない。

(三) そうすると、本件就業規則の変更の内容の合理性は、到底これを肯認しがたいものといわなければならない。

三  以上によれば、本件賃金協(規)定は、これを原告らに適用することはできないというべきであるから、原告らの本訴請求は、平成四年一二月六日以降の一時金に対する遅延損害金の起算日を各支給日の翌日とすべき点を除き、すべて理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 吉田肇 裁判官塩田直也は填補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 遠藤賢治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例